作品のコンセプトとか、製作動機とか

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※旧ブログの記事です

前にも書いたことがあるが、私は自作のコンセプトを語るのがはなはだ苦手である。
しかし、これはチンピラ華道家おseiさんのことであって、世に「天才華道家」と言われる人たちはどうであるのだろうか。

「いけばなの天才」と言われて、私の頭の中にパッと浮かんでくる人は二人いる。一人は、草月流の創始者、勅使河原蒼風氏。一人は、流派に属さない美の求道者、中川幸夫氏である。(ほかにもいけばなの天才はいると思うが、私のスタンダードで書かせていただきます)
このお二人を、すごく大雑把に色分けすると、勅使河原蒼風氏は、大衆をうまく自分の見方につけた「通俗性のある天才」であり、中川幸夫氏は、「鬼才」「奇才」「花狂い」とまで言われる、「孤高の天才」である。
この二人のうち、「自作のコンセプトを熱く語る」のは、どっちの天才だと思われる?

普通に考えれば、「そりゃあ、より広い裾野に広く訴える〈語り〉がうまいのは、通俗の天才の方だろ」と思いません?
ところが、これが逆なのである。
勅使河原蒼風師は、自分の作品の表面的な話も、内宇宙の話も、ぐちゃぐちゃ言う男ではなかった。「何を目指したか、どんな試行錯誤をしたのか、重要なことをどこで見極めて、最終的に作品はどうであったか」というような談話は、ほとんど聞かれない。
彼は、「いけばなは、作者自身だ」ということは繰り返し、繰り返して言い続けた。言う必要があると思ったからである。
しかし、「僕のこの作品はね……」ということは、あまり言わなかった。これは、言う必要がないと思ったのか、作品コンセプトを語るのは得意でなかったのか(人には、言語にのせるのが不得手なジャンルというものがあり得る)、私には分からない。しかし、私が直感的に思うのは、「それを語るなど、ほとんど思いもしなかったのではないか」ということである。

一方、中川幸夫氏は、自分の作品の宇宙を語ることに、めっぽう雄弁なのである。あの作品自体が、完全に語りつくしているような作品なのだが、それでも、更に言語を重ねることができるのだ。中川幸夫は。
また、その言語が魅力があるので、とらわれる人はその言語にとらわれる危険性がある。(中川の作品語りは見事ですよ)中川作品が、一面的な解釈ばかりされるようならなきゃいいなあと私は思うのである。

このように、中川幸夫と、勅使河原蒼風には、「自作の宇宙を語った言葉の量」に、たいへん大きな差がある。
100年後に「昭和のいけばな家の研究をしよう」と思い立った人がいたとしたら、研究されやすいのは、圧倒的に中川幸夫である。勅使河原蒼風は、その頃には、作品写真のほかには、大きな謎しか残っていない人になっているだろう。(だから私は、直接会った人たちが生き残っているうちに談話を取っておけと前から言ってるんだよ)

すると、結局自作を語れる人の方がいいってことなんだろうか?
いい、ってことはないんだろうな。「場合により、得にもなり、損にもなる」ということだろうか。

【補足】
ここでは例としてあげませんでしたが、小原豊雲氏も、自作に関してごく感覚的な言葉しか残さなかった作家です。(こういうの好きだもん、みたいなことしか言っていない)つまり、中川タイプの方が多分珍しいんでしょう。

【補足2】
あの作品群を緻密に解説する豊雲氏なんてイヤだよねえ。「これがええのや」とか言ってる豊雲氏の方がかっこいい。

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