スーパースター

※旧ブログの記事です

『星新一 一00一話をつくった人』読了。
この本の発売広告を見たとき、もう亡くなって10年もたつのに、「星さんは本当にいないんだなあ」と思ってしまった。

私が、星さんが亡くなったのを知ったのは、忘れもしない東京駅の地下だ。総武線の長いエスカレーターを降りていくと、キオスクのまん前に着くのだが、そこのキオスクの夕刊の見出しに、「星新一氏死去」との大きな活字が出ていた。
「ああ、終わった」と思った。予想していたが、それなりに衝撃だった。『つねならぬ話』や、晩年のエッセイを読んで、「明らかに、星さん衰えたね」と人に言ったりしていたが、それでも、私は星さんの宇宙を愛していたのだろう。

人は、星さんの作品について語るとき、必ず『ボッコちゃん』(ロボッ娘ちゃん、みたいな意味のネーミングなのだろうなあ)『おーい でてこーい』『セキストラ』を引っ張り出してくる。
私は、これが不思議で不思議で仕方ない。

『セキストラ』は処女作品だから、まだ分かるが、『ボッコちゃん』『おーい でてこーい』って、星作品の中で特別にすぐれてるといえる? 私には、もっともっと星さんらしい作品がいくらでもあるように思えるのである。『おーい でてこーい』で、星作品として最も突出している点は、タイトルのつけ方だと思うのだが……。

おっと。私は『ボッコちゃん』『おーい でてこーい』『セキストラ』がキライなんじゃないですよ。むしろ好きなんだから。でも、別に星さんのものとして突出してなくない?
じゃあ、何が突出してるのかって言われると、困るなあ。私は『終末の日』とか、好きだなあ。あと、タイトル忘れたけど(1000編もあるのだ。覚えられるわけがない!)ポケットからUFOが出てくるのとか、サンタクロースがたらいまわしにされるのとか。特に『ボッコちゃん』の星新一、みたいに言われると、なんか納得いたしかねる。(でも、私が尊敬する読書家の方には、『おーい でてこーい』の衝撃は忘れられない、という人がいる。やっぱり突出しているのだろうか?)

『星新一 一00一話をつくった人』のP494に、「スーパースター」という品種のバラが出てくる。
星さんの1001編達成記念パーティーで、エヌ氏の会(星さんのファンクラブ)から星さんに贈られた花束に使われたのが、このバラなのだ。鮮やかな朱色が美しい品種である。
私は、SF作家の評伝で、ハイブリット・ティーローズなんて言葉に出会えるとは思っていなかったので、ちょっと嬉しかった。(注 ハイブリット・ティーとは、モダンローズの代表的な種類。その中で、さらに品種が分かれている。バラ苗を買うときに、HTと書いてあったら、ハイブリット・ティーです)

もうずいぶん前になるが、あるいけばな展の打ち上げで飲んでいて、終電を逃し、仲間の家に一晩泊めてもらったことがあった。
泊めてくれた仲間は、私の星さん好きを知っていて、自分の本棚から星さんの文庫本を一冊出して見せてくれた。
タイトルは忘れたが、ショートショートの作品集で、星さんのサイン入りだった。
字のうまい下手は覚えていない。覚えているのは、きちんと「星新一」と読めたことと、「星」という小さな落款が入っていたことである。えらく洒落た落款だった。
角判の印で、なんともSFの星さんらしく、しかもかわいらしいことには、「星」の上の「日」の部分が、口の中に★が入ったオリジナル「星」だったのだ。
『星新一 一00一話をつくった人』の中で、「サインするのでハンコがいる」と星さんが事務的な手紙に書いている部分が二箇所くらいあり、ああ、あのハンコだなと思った。

私は、泊めてくれた仲間に、「この本あげる」と言われたのだ。
彼女が言うには、「偶然サイン会を通りかかり、ノリで買ってしまった」から、思い入れは無いのだそうだ。
しかし、なぜだか私は貰い受ける気にならず、遠慮してしまった。私は、サインなど無くても、星さんの宇宙と一緒にいられるのだから、星さんの宇宙をよく知らない人のところで布教活動してもらった方がいいような気がしたのである。
あの本は、今でも彼女の本棚にあるのだろうか。

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