レモングラス

2016年1月25日

※旧ブログの記事です

電車の中吊りに、サツキ盆栽の展示会の広告が出ていた。
私の、亡くなったおじは、一時期サツキの盆栽を趣味で作っていたことがあった。
おじの家は、千葉県の、いわゆる「ど田舎」に属する町にあった。
遊びに行くと、庭に作ってある棚の上に、子供の目には「どれも一緒じゃん。つまんない」としか見えない鉢が、ずらりと並んでいた。うちのおじさん、なんだか古臭いものが好きなんだなあと思っていた。
しかし、少し大きくなってから、私は「おじさんは古臭いもの好き」の認識を改めるようになった。

サツキを作り出してから何年か経った頃、おじ夫婦は、家を引っ越したりした関係で、サツキ盆栽のほとんどを処分してしまった。
そして、新しい家で、おじは新たに鉢物を少しづつ育て始めた。
おじが育てたものは、春蘭とか、風蘭、かりん、ハーブなどであった。
要するに、ほんのちょっと、ひねりのある植物が好きだったのだ。チューリップや水仙では、物足りないものがあったらしい。
今日び、ハーブなんぞ一つもひねりなど無い植物になってしまったが、十数年前に、過疎の進んでいる田舎で、ハーブを買ってきて育てている勤め人男性など、(少なくともあの町では)珍しかった。
それも、ラベンダーとか、ローズマリーとかでなく、レモングラスなんぞ丹精していた。あれは、田舎の人の目から見たら、「ススキ?」としか見えないもので、周りからは「変わった人」と思われていたらしい。(そのへんの空き地に、ススキなどいくらでも生えている)

しかし、そのうち、レモングラスを育てているがために、不思議な客人がおじの家に現れるようになった。
なんと、タイ人の方が、「スコシクダサイ」と言って、レモングラスをもらいに来るようになったそうな。
おじの住んでいた町は、スーパーの野菜コーナーに、気軽にハーブなど売っているようなところではなかったから、タイの人には、おじの家が唯一の供給源であったことだろう。しかしまあ、おじの家は表通りから少し引っ込んだところにあったというのに、レモングラスの存在を、よくもかぎつけてきたものだ。
やがて、おじの家には、タイ人さんが数人、とっかえひっかえ現れるようになったという。
どうやら、不法滞在の労働者の方たちであったようで、近所の一間だか二間だかのアパートに、十何人も一緒に住んでいたらしい。
この人たち、片言の日本語で世間話などしていても、「制服を着た人」を見かけると、蜘蛛の子を散らすように逃げていったという。婦警さんと、女性銀行員の区別さえつかないみたいだ、とおばは笑っていた。

数年前、おじは原因不明の病気で、私が見舞いにも行けないうちに、あっと言う間に亡くなってしまった。
口数の少ない男性で、自分が好きになったことには凝るタイプだった。私が、性格的には一番似ている親戚だったが、実は血はつながっていない。(私はおばの方と血のつながりがある)
おじ夫婦には、子供がなかった。
私が子供の頃、おじに抱っこされて、「おじさんちの子になるか?」とよく聞かれたものだが、あれは半分以上本気だったのだと、私は大人になってから気づいた。
おじの葬式で、私は棺の中に花を入れたが、花に触るのが、非常に嫌だった。
花を嫌だと思ったのは、今のところ、このとき一回きりである。

その他

Posted by sei